ABOUT
寺村牡丹堂について
元文二年(1737年)創業。京都・寺町通の同じ場所で、日本各地のタオル文化を伝えてきた老舗です。
OUR PLACE
京都・寺町通という
「文化の通り」で。
「寺町通」は、安土桃山時代に豊臣秀吉が市内の寺院を集めたことにその名の由来をもつ通りです。 江戸期には書物・道具・呉服など、京都の文化を支える品々が集まる商いの通りへと変わっていき、 現在も多くの老舗が暖簾を掲げています。
寺村牡丹堂は、その一角で元文二年(1737年)に創業しました。 代を重ねながらも、同じ場所で店を続け、京都の暮らしと旅人に寄り添ってきました。 建物・通り・人の流れ。京都の生活文化のなかに、店そのものが溶け込んでいます。
OUR ROLE
日本各地のタオル文化を、
京都の店先で伝える。
寺村牡丹堂が扱ってきたのは、ただの日用品ではありません。 愛媛県今治地域、大阪府泉州地域、三重県津市など、日本各地で長く受け継がれてきたタオルの技術。 それぞれの土地の風土と、職人の手仕事が生み出すタオルや布製品を、京都という場所で丁寧にご紹介する。 それが私どもの役割であり続けています。
時代とともに扱う品は変わってきました。タオルが日常に入ってきた明治の頃、 パジャマやエプロンが暮らしの定番になった昭和の頃、海外の方が京都を訪れることが 珍しくなくなった現在。けれども、「日本各地のものづくりの魅力を京都の店先でお伝えする」という 姿勢は、変わらず受け継いでまいりました。
タオル文化を次の世代へ伝えていく。一枚の布をきっかけに、日本のものづくりの豊かさに 触れていただく。それが寺町通で店を続ける、私どもの志です。
HISTORY
寺村牡丹堂のあゆみ
株式会社 寺村牡丹堂
創業 元文二年
初代堺屋金四郎が寺村百池より分家し「堺屋」を名乗り、伊吹もぐさを商ったのが始まり。百池より贈られた「不盡可惜=むさぼらずして惜しむべし」を代々の家訓とする。
初代は蕪村とも親交があり、「うつし植えて牡丹は花の営暮軒」の句が置かれ、これが屋号のおこりとなっている。
もぐさの後は、鉄ビン、矢立、私製タバコ卸小売、今はハンカチ・タオルを商い「萬事程能=万事程よく」をモットーにしている。
私製タバコの卸と小売
もぐさのあと、鉄ビンと矢立を経て、寺村商店は私製タバコを卸し、小売りもした。牡丹は、この時代の銘柄と看板に残っている。
ハンカチとタオルの店へ
いまの商いはハンカチとタオル。開業の写真から、店の名が寺村牡丹堂になっている。
OUR VALUES
大切にしていること
- 同じ場所で、誠実に。二百八十余年、寺町通の同じ場所で続けてきた看板を汚さぬよう、品物にも応対にも誠実でありたい。
- 産地と職人に寄り添って。長く取引を続ける産地の作り手に学びながら、現代の暮らしに合う一枚を選ぶ。
- 京都の通りの一員として。寺町通という文化の通りの一角で、京都の生活文化を一緒に守り、伝えていく。
- 文化を、次の世代へ。日本のタオル文化のおもしろさが、お客様の暮らしの中で続いていくように。
家訓は「不盡可惜(むさぼらずして惜しむべし)」。モットーは「萬事程能(万事程よく)」。
OUR STRENGTHS
寺村牡丹堂、4つの強み
二百八十余年の歩みが残してくれた、わたしたちの財産です。
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01
日本各地のタオル産地と築いてきた関係
愛媛県今治地域、大阪府泉州地域、三重県津市のおぼろ製法など、日本各地のタオル産地と長年にわたる取引関係を築いてきました。
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02
寺町通という文化の通りで
江戸期から続く商いの通り・寺町通。京都の生活文化の一角を担う場所で、暖簾を掲げ続けてきた老舗です。
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03
店主・スタッフによる対面のご案内
素材・産地・織りの違いを、店内で一品ずつご案内します。海外からのお客様も、大歓迎します。
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04
京都観光のど真ん中という立地
錦市場・本能寺・先斗町から徒歩圏。阪急「京都河原町駅」より徒歩約5分。観光の合間に、ふらりとお立ち寄りいただけます。
FROM THE OWNER
店主のことば
二百八十余年、同じ場所で店を続けてこられたのは、産地の作り手の皆さま、 そしてお客様お一人おひとりのおかげです。寺町通という京都の文化の通りで、 日本各地のタオル文化を伝える役目を、これからも丁寧に果たしてまいります。
京都へお越しの折には、どうぞお気軽に暖簾をくぐってください。 一枚の布の向こうにある、土地の風景や職人の手仕事を、店先でお話できればと思います。
— Owner, Teramura Botando